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元々骨格に軽度の異常があって脊椎が神経を圧迫して腰痛を起こしやすいと言われた体でして、高校時代に一度派手に椎間板ヘルニアになって以来の腰痛との長い付き合いなのですが。
先週末からの法事で、あぐらで座る時間が長かったことと、酔った親戚の人を介抱する時に腰に負担がかかったことからか、 先日東京へ出た時にパソコンの入ったカバンを長時間右肩に担いで歩き回ったときに腰痛(坐骨神経痛)が発生しました。
腰痛だけでなく左足のしびれ感があります。 骨盤がズレたのかも。。
歩行の際にも、ちょっとしたしびれがあって、歩き方が変です。
このままでは、大好きなソフトテニスもままなりません。
というわけで、これから整体院に行ってきます。 初めて行く整体院ですが、評判は良さそうなのでまずはそこで。 行ってみて良くなる気配がなければ、来週にでも整形外科にかかるより他、なさそうです。
**** 通院後の追記
骨盤のズレは無かった。 単に骨盤を支える筋肉の間を坐骨神経が通るところで圧迫されているのではないか、ということでその部分を重点的にほぐしてもらって、だいぶ楽になりました。
院長曰く、坐骨神経痛もしっかり治さないとすぐに痛くなるよ、とのこと。 それから歳をとると運動後のクールダウンを増やして、しっかりほぐすように、とのこと。 これは思い当たる節があり、反省。
自覚症状としては脊椎部分での圧迫もありそうだから、これで様子をみつつ、機会をみて整形外科でMRIでも撮ってみようか、とも思ったりする。
10月9日の日記で、私の持病の家族性高脂血症の治療の経過を書きました。
その後三ヶ月、 リピトール錠を飲んできたわけでして、その結果がでました。
結果、良性です。
・・という言い方はしませんね、この場合。(笑)
以前と本日の血液検査の結果は、以下です。
今回値 前回値 目標値
体重 62Kg 62Kg 58Kg
T-CHO(総コレステ値) 183 293 220mg/dl
TG(中性脂肪) 141 275 150mg/dl
なんと、いきなり目標値(基準値上限)を下回りました。 万歳!
お医者さまいわく、血液検査上は副作用も出ていない、とのことです。 本人的にも副作用の自覚症状はありません。
体重は、一時60Kgまで減ったのですが、正月以降戻ってしまいました。(^^;;;
それにしても、今後一生この薬を飲み続けないと行けないとはいえ、必要以上の苦労なく持病が抑えられる(好きな食べ物をそこそこ食べられる)、これには現代医療に感謝の気持ちです。 よかった、よかった。
気付けば自分も40半ば。 父親は76歳になりました。
本日入院、来週6月10日に手術が決まりました。
病名等、重い話についていってくださる方は、以下どうぞお読みください。
父の病名は、脳腫瘍。
髄膜腫など良性のものなのか、はたまた星細胞腫などの悪性なのか、CTでもどちらとも判断がつかず、明日の血管像影検査・明後日のPET検査をもって、最終判定は手術中の摘出物で行うことに。 歳も歳なので、あまり長時間のオペはリスクが高く、悪性の場合は後遺症と天秤をかけての摘出範囲決定がとても難しい。
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予兆は3年前からあったそう。 視野が狭くなったので眼科で「緑内障」と診断され、2年間の治療でも良化せず。 昨シーズンは硬式テニスやら囲碁やカラオケを楽しんでいたほどの体力だったが、ここ1年で視野欠損が急に進行。 ついでに物忘れが激しくなった。
某横須賀市内の病院から4月に横浜市立大学付属病院に紹介され転院。 いよいよ緑内障の手術となって、念のため行った頭部CT検査で見つかったのが、右後頭部の直径5cmの腫瘍。 視覚野が明らかに圧迫されていることによる、左目の左半分の視野欠損。(頭の中でも、脳と臓器は左右がクロスしているのですな。)
・・どこか気付いて上げられるタイミングはあったはず、でもそれを後悔しても仕方がない。 これから先をどう切り抜けてゆくかを考えることにする。
・・我が家はがん家系である。
姉は成人の歳に悪性リンパ腫を患い、あやうい状態を国立がんセンターの抗がん剤治療で完治。
父は50歳くらいに胃がんで3/4を摘出、完治。横須賀市内の病院。
母は享年57歳、肺がんで他界。国立がんセンター。
そんな過去があるので、思い込みの激しい父本人は「国立がんセンター」への転院を希望していた。 担当医師と4月に東大医学部付属病院から転任してきた教授に直に告白したところ、教授が顔見知りの国立がんセンター脳外科医師に直接電話でオペ可能日程を確認してくれて、その結果(時間がかかるので)このままお願いすることに落ち着いた。
実は私も教授と話をする前は、この病院も悪くはないのだが「ピカイチ」とも思えず、都内の病院に転院を考えていた。 ところがまさかこの病院にこんな素晴らしい医師が転任してきていたとは・・ 何というめぐり合わせか。 このままお願いするべきだと確信した次第。 本人も十分に納得してくれた。
母が他界してから、14年。 その時は今と同じく千葉に住んでいたので、たまの見舞い以外は何もできなかった。 もっといろいろしてあげたかった、、そういう思いが今も頭に残っている。 ・・ 今は都内や横浜に出張で出て来ている。 万一のことは無いとは思うけれども、術前術後と、父にはよく接してあげたいと思っている。
(かなり時間がたってからの追記)
この日の日記で、「親」という字が書けなかったことを記録していた。 今考えると、この時に神様のお知らせがあったのかも・・
9日(土)は、午後2時から山武で4時間、午後7時から蘇我で3時間、練習とゲームをやりました。
ここまで長時間の練習は、大学に夏の強化練習や合宿にOBとして参加した頃以来です。10年ぶり位か。。 足腰はヘロヘロまではいかず、何とか持ちこたえてますが、 なぜか頭痛が・・ 2?3本、キレタかな? (笑)
練習もできたので、17日の杉並大会(大学OB会参加の団体戦)では、レシーブ以外はそこそこ自信を持ってできそうです。 レシーブとストロークは相変わらずダメダメですね。 サービス&ダッシュで勝負かな。
7月下旬に仮組して、音出し確認までしていたアンプを、ケースに収納しました。
- 使用ケース
タカチ HYシリーズ HY88-28-23SS
内部スペースは結構ぎりぎりでした。 前面の電源ボタン制御用の5V電源は、ダイソーの200円アダプタを使用。
最初、バラックの時のほうが音が良かった気がしないでもなかったんで、電源タップを純銅のネジ締めタイプに。内部スピーカーケーブルをオヤイデの無酸素銅に変更しました。
でも・・変わったような気がしない。 そもそもプラシーボだったか?
D級アンプの詰め込み過ぎは良くないとの話もあったので、鉛テープで仕切ることも検討中。
MAKIZOUクラフトさんのミスの件も先方の誠意で解決したし、今日は箱部分の組立をできるところまで進めました。
何より接合面が「吸い付くような」高精度の仕上がりには驚きました。 さすがMAKIZOUさん、と関心。 箱部分の加工済み部品はバッフルと側 板2枚、底板の4点のみですが、ここに(一緒に送ってもらった端材を)自分で加工した補強を適宜追加します。 まだ側板と底板は未実施。 補強を行うと 箱鳴りが防げるとともに、定在波の抑制に多少効果があると思います。 バックロードタイプの定在波はホーン開口で増幅されて出てきますので、その抑制には 気をつかいます。 今回は今までの3作の集大成として作り上げるつもりですので、手抜きはせずにと。
ユニットの固定用に今回はM4の爪ナットのマグネットと干渉しそうな爪1本を切断して、エポキシで固定する方法をとりました。 そしてバッフル内側の空気の通り道は、お決まりとしてグラインダーで削って広げておきます。
側 板の、VP200塩ビ管に接するコバ面は内R加工が必要です。 さすがにここの加工は(相手方の塩ビ管が先方にないし)自分でやるしかなく、グラインダー で慎重に行っています。 側板のRと合わせてみましたが、もう少し削らないといけないみたい。 最後の合体時に、現物あわせでもう一度削ることにしましょ う。
初日の札幌、2日目の富良野に続き、最終日は電車で小樽へ。 予報では曇りだったのだが、着いて早々に雨がぱらぱらと。 どうやら4人の中に日ごろの行いの悪いのがいるらしい・・
札幌から普通列車で小樽を目指す。
間違えて途中の手稲行きに乗ってしまい、手稲駅で乗り換えた。 家内ともども、手稲が小樽の先だとばかり思っていたので、「手稲まで行ける人っテイーネー」なんて極寒ギャグを言うつもりが未遂に。
小樽南駅で下車し、オルゴール堂で色々なオルゴールを手に楽しんで、
すぐに洋菓子のLeTAOに入って定番のチーズケーキ、ドゥーブル・フロマージュをいただきました。 なんて軽くてすっきりしたチーズケーキなんでしょうか。とっても美味しかったです。 写真は少し食べてから撮ったので欠けてます。汗。
この建物は1998年建立でしょうか。 正面に古くから建つオルゴール堂とは案外溶け込んでいる感じもしました。
小樽運河に足を運んだところで、二男が足が痛くてギブアップ、昼食は近くの政寿司ぜん庵で美味しいにぎりをいただきました。 折角なのでつぶ貝刺身を追加注文。大きくてコリコリたまらんです。
おなかも満足したので、小樽駅に向かいます。 小樽の街は古い建物を保存し活用しているので、建物を見物しながら散策するのも楽しいです。
最後に立ち寄った、日銀旧小樽支店、資料館当時の実際の金庫の扉。 隣の扉から中に入ることができます。
こうして風のように過ぎた3日間の北海道旅行。 羽田から車で自宅に帰着したのは22時半頃でした。 ああ、疲れたけど楽しかった。 来年の今頃は長男の受験に備えている時期なので、もう家族で行く機会はそう無いでしょうね。
今年も夏が熱い! どうもこの時期、仕事の山を迎えることが多い。
7/15の週末の松本から始まり、先週は北九州で1週間。 今回はメカをぶつけることもなく、動いているメカのソフト改造で相当にチャレンジングな内容であり、出来は及第点であるが満足すべき結果とも言えない。 何とか先ほど、修正版ソフトをお客様に送付して一安心というところ。
そして来週?2週間、休み無しで関西方面。 メカ設計・制御盤設計・ソフト作成と全てコーディネートしているが、 あー、自分で書くソフトがまだ出来ていない。。 日々少しづつ作っている状態。 無事に帰って来れるだろうか。
やはり熱い夏になりそうだ。
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一方で昨晩は、蘇我で2時間練習に参加。 相変わらずストロークは滅茶苦茶。
ネットプレーも集中出来た時は良いが、集中力が続かずに手を出してはいけない球にも手を伸ばしてしまって、ミスの連発。 修行の日々は続く。。
あ、投票? もちろん夕方に行きましたヨ。
今日は晴れるはずの天気が今一つでしたが、先日2回も当てて損傷した愛車 LAEFSTA Highway STAR の補修塗装を行いました。
なお、破損していたリヤ右コンビランプはディーラーに部品を発注しこれも自分で交換済みです。
Soft99 エアータッチ初めてでも安心セット定番ペイント用
言わずと知れたタッチアップペン塗料をスプレーにできる代物、その各種セット品、¥2,282円。 タッチアップペンは別途。
タッチアップペン M7641(マツダ38P アルミニウムM) 12ml ¥530円/本、念のため2本買ったけど1本で足りたようだ。
この半練りコンパウンドも購入。中細目と極細目を使用。 このほか穴埋めパテ(シルバータイプ)も購入し使用した。
まずはリヤの損傷部分に付いた、当たった時の柱の塗料をカッターの背でそぎ落とす。
サンドペーパーと水ペーパーで研磨、#100→#160→#240→#400→#1000の順に使用。 パテでの穴埋めが不十分と判明したが、まあいいや、とそのまま続行。
コンパウンドで磨き終わったところ。 スプレー準備で周辺のマスキングを実施。 マスキング位置が近すぎると却ってそこに段差ができてしまうので要注意・・
スプレー完了。 塗布すべき中心部のほか、周辺にもスプレーしてボカす感じ。 このスプレーは広がりが限定されていて、今回のように狭い範囲の補修には特に便利。
コンパウンド完了。 この状態で数日乾かしてからバフ仕上げに移る予定。 未熟ながら、まあこんなものかなという出来。
コンパウンド完了、クルマに装着。 作業中に新たな傷を作ってしまった。。
以上、初めてのスプレー補修でした。 まあこんなもんでしょ。